富田林支部
柴籬神社から河内大塚山古墳へ 16人が参加し歴史散歩の会開催
富田林支部(杉本孝支部長)歴史散歩の会では、5月21日に第14回歴史散歩の会を実施し、校友家族も含めて16人が参加し、今回は初めて松原市を歩いた。
講師は、今回も鍋島隆宏氏(平5文・太子町学芸員)に依頼。自作の貴重な資料により、古墳の形体・特色・時代背景等について分かりやすく丁寧に解説していただいた。
最初に河内松原駅前の歩道橋の上で、丹比大溝跡(たじひおおみぞあと)の説明を聞いた。丹比大溝は、平成3年の上田町遺跡発掘の際発見されたものであり、羽曳野市の古市大溝と同様、国家規模の大溝開削事業が行われていたことを示している。
柴籬神社では、第18代天皇となった反正天皇が柴籬宮で即位し、その宮が柴籬神社のあたりにあったと伝承されている。反正天皇は長身であり、歯並びが立派で美しいことから、歯の神様としても信仰されているとのことである。
松原市民ふるさとぴあプラザでは、松原市の古代道路の説明があった。大和川今池遺跡の発掘に伴う「難波大道」の発見や長尾古道の話など興味深いものがあった。
食事では、参加者同士が和気あいあいと話し、楽しそうに食事をしているのが印象に残った。
河内大塚山古墳は、世界遺産の候補地である古市古墳群と百舌鳥古墳群の中間に位置し、5世紀末から6世紀中ごろまでの築造と推定されている。宮内庁は雄略天皇の「丹比高鷲陵」の参考地としている。しかし、近年では葺石や埴輪がみられないことから安閑天皇の未完成陵であるとする説の紹介もあった。
天気にも恵まれ有意義な一日が過ごすことができ、次回と総会の参加を約束して散会した。
(幹事長 秦純一)
(秦純一=0721-93-3085)